地方巡察使復命書にみる代言人その16ー田中不二麿復命書 弘前始審裁判所
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参事院副議長田中不二麿「地方巡察報告書二」
上693頁
(原文)
弘前始審裁判所
「管内代言人代人ノ状況ハ本庁所属ノ代言人八人ニシテ十三年代言規則改正前ニ在ル者三人改正後ニ在ル者五人改正前二在ル者ハ学識浅ク其中一人ハ偽証ヲ作リ現今収監審理中ナリト云フ改正後ニ在ル者ハ厳密ノ試験ヲ経タル者ナレハ応分ノ能力ヲ具スル者多シ然レトモ代人二至テハ詞訟ヲ教唆スルノ弊アリ又代言人ハ贏利ノ多キヲ以テ亦金銭ヲ散スル者少ラス自然品行ヲ傷クルノ恐アリト云フ」
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(現代語訳)
「管内の代言人・代人の状況は、本庁所属の代言人が八人で、そのうち明治十三年の代言人規則改正前に免許を得た者が三人、改正後に得た者が五人である。改正前の者は学識が浅く、そのうち一人は偽の証拠を作って、現在収監され審理中であるという。改正後の者は厳密な試験を経た者であるため、相応の能力を備えた者が多い。
しかし、代人に至っては訴訟を教唆する弊害がある。代言人も売上げが多いことから金銭を散財する者が少なくなく、品行を損なうおそれがあるという。」
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(コメント)
・弘前始審裁判所についての参事院副議長田中不二麿の復命書である。
・明治十年代には弘前に裁判所の本庁があった。現在は青森県の裁判所の本庁は青森市にある。本庁はいつのころからか移転したようである。
・弘前始審裁判所では、本庁所属の代言人が8人である。秋田、盛岡では9人であるから、人数としては同レベルである。
・代言人8人中、明治13年の代言人規則改正後に免許を得た者が5人であり、ここ数年のうちに代言人が急に増えている。
明治13年代言人規則改正の内容は、①各地方裁判所管内の代言人組合への加入の義務付け、②代言人試験は、司法省から各地方検事に問題を送り試験を行うというものであった。
「改正後の者は厳密な試験を経た者であるため、相応の能力を備えた者が多い。」という評価は、統一試験の効果が出ていることを示している。
もっとも、金回りがよくなることで、散財し、品行方正とはいえない代言人も現れている。
代言人規則改正改正前の者の中には、偽の証拠を作ったことで、刑事裁判にかけられている者がいるという。
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